当時の諸子百家

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諸子百家の学派名は前漢末の七略より。
当時からあったのは儒・墨・兵の3つのみ。道家も前漢初期。

……って、コレ。創作で忠実に再現すると不便なだけだよね。

[儒家]*春秋戦国時代の不遇を抜け、隆盛。しかし、それが新たな火種に。
ヤフー知恵袋より引用

儒教とは、人間の中の徳性(五常)を尊ぶことによって、
さまざまな人間関係(五倫)を円滑に維持することを目的とする教えです。
儒教では、人間の尊ぶべき徳性を仁、義、礼、智、信の「五常」としています。

「仁」とは、人への思いやり。愛。儒教の根本をなす。
「義」とは、損得にとらわれない、人のすべきこと。情に流されやすい仁を抑える。
「礼」とは、仁を行動で表す、具体的な慣習、礼儀作法。
「智」とは、学問に励むこと。是非善悪を判断する能力。
「信」とは、約束を守ること。誠実であること。

また儒教では、人間関係を大別して「五倫」と呼んでいます。
五倫とは、「父子の親」「君臣の義」「長幼の序」「夫婦の別」「朋友の信」の5つです。

儒教は、紀元前5世紀に思想家「孔子」によって完成した思想で、
漢の武帝の推奨を経て世に広まりました。

*子は尊称。本名は孔丘。

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       `ー - '´ノ└ 、 , - r '" ∠゙、ヽ__
           ト、_ _,八/人し ィ´  `ー''"      
              〉__ ィ 、 _ `7          
          /r─‐:リn r ニ=、          と、いうのは建前だけどな!
          / ! ∩ 1i;;;;!/ ∩ 7
          ! ! V |i;;;;;;! V /    乱世じゃケツを拭く役にも立たんが
         i  ヽ イi;;;;;;ハ__/       
       _ ノ  ミ Y イ !;;j l_      平時には民衆を従順に調教できる
    , -‐< ヽ ( ー、ヽ _Y/  ヘ             権力者に都合がいい思想だッ!
   j>   ヽ ヽ   ヽYノ /  `ー、_
  イ  _    ノ_ ハ 、___/   ,- - ニ、r⌒ヽ- - - ───、
 ./;;ヽ  ` ー'´ `r::ヽ ヽ     r::::、イ;;;;;;;;;;;;;;;;`ー - - -、  r - -、 ヽ、
  !;;;;;;;ヽ      ):::ヽヽ. / /:::::::';;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;ヽ  ̄)--ヽノ
  ヽ;;;;;;;;;ヽ ( ̄て::::;;::ヽ V !::;;::::;;::ト- - - - - - '' "´ ̄ ̄
     i T`rニニニ):::::;;::::i ! i:::;;:::::;;::!
      ! i ! ::::;;;:::::::;;:::/ 人 、:;;::;;::ノ
     ', i ヽ.ヽ、;;;;;;// !ヽヽ;;;;;;ノ
      !冫 ヽ、_ _/ ヽノ`ヽ-イ

     ↑聖人


「詩経」
中国の周や春秋時代の早い時期に宮廷で歌われていた正式な歌や、各地の民謡の歌詞。
正しい政治や、人の心を示すものとして尊ばれました。

「書経」
殷や周、それ以前の伝説の王たちが発したみことのりなどをまとめたもの。
同じく政治の基本。

「易経」
八卦など、自然の法則をまとめたもの

「礼記」
人間が尊ぶべき礼節や四季の運行についてまとめたもの。
冠婚葬祭のテキストになりました。

「春秋」
春秋時代の魯の国の年代記で、最初の歴史書。「春秋時代」の名称は
ここから取りました。

いずれも政治をする上で基本の書です。古代中国では、これをほぼ完璧に
修めていないと高級官吏になれませんでした。

*九千字以上の丸暗記です。

管理註釈:
王莽はこの建前を拡大解釈して、権威付けに利用しました。
公羊穀梁伝は前漢中期以降の作品、劉歆と王莽の偽作。
左伝も8~9割は真の資料で、1~2割が劉歆の改作増加。

史記の高祖の蛇を斬るエピソードは劉歆が挿入し。
帝王の異相思想も緯書より。

宣帝時代の路温舒(ろおんじょ)が天文、暦の知識より漢の厄が
「三七の間」にあると予言したのを、王莽は谷永(こくえい)に言わせ
帝位の下準備に利用したりした。

後漢当初の戦後も讖緯説は残り『漢書』「五行志」(班固、班昭、馬続が
製作)では童子の童謡は先の未来を暗示する「詩妖」であると紹介してます。
三国志でも盛んに見られますね。


儒教はこの時代で既に古文学派と今文学派に別れ、派閥争いしてましたが、
以後は偽作は出回る、さらに細分化するなどカオスに。

西洋のカトリック、プロテスタントと同じで、原型はもはやどこ吹く風……。


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[道家]*気ままな世捨て人になる思想。劉秀が密かに愛好?

望蜀の「人は足ることを知らずして~」は老子の言葉の引用で。

建武3年(27年)赤眉軍が光武帝に降伏し。
劉盆子は、秦始皇帝以来、歴代の皇帝が受けついで所持していたされる
伝国璽を返上した。

それと同時に樊崇以下30余名の幹部は、更始帝が所有していた
七尺の宝剣と玉と璧を献上した。

これが日本の三種の神器や、道教の剣と鏡に影響を与えたんだよ!
「古代中国の反乱」福井重雅(教育社)

……かどうかは、道教自体の設立が三国時代とか、孔子と同年代とか、
伝説時代からとかハッキリしないので、あまり覚えなくてもいい事項かと。
不老不死を得たいのか、妖怪と戦いたいのかよく分からない教え。

[新説]
前漢末から後漢初に泰山地獄説が浸透。
生死を司る司命神は北斗と南斗。
魂を回収する北斗に授ける南斗。

ただし、転生信仰は仏教普及以後。劉秀の息子たち世代から。
道教、仏教の境が曖昧になっていく…。

                 __
               /   _`ヽ、
              /ト、 ,-__, ー_ i、
                 lイミF fr'三テ fヨ!
              ハ マl} 丶 .ィー;_チ_!  妖怪仙人どもをジェノサイドじゃ!
             jリヘ._ト、  //゙,ニ、`i}
             jノLイムjト、 {!_,rヌミヽi!
           / / ヾiヽlリ `「|i |! li |\  太公望ッ!
          / 、    ヾiヽ`、 ヾ!i |リ! .ヽ
         /    ヽ :i! ヾiヽ\/ノ!ii|  i. ヽ
        ,′/   ', !   lii lヽ./ |lii| 、! , '、
         !      i:    ヾiiヽ  |lii| V  ヽ
        i      ー ' /  l iil、|lii|  !    i
         !     , 、-、-く    ヾヾ洲   ,  ヽ
.        l    \\\\ ___ヾ:ぐ,ィーi′ _ ヽ
       |    、 \\\\─┴==イヱ-'´   ゙i-ー=ー-、
        |   ヽ 丶-\\\\-f、^ヽ、``丶、   ゙、__ )_ヾ \


[陰陽家]*天文を占うことで世の動きを予知する思想。

災異説もろとも儒教に吸収合併状態。主な占い方法は以下に。
    
南極老人星=見えると平安、見えないと兵乱。
木星=赤いと国は盛ん、赤黄色で豊作、青白から赤灰色で憂事。
狼星=色を変えると盗賊が増える。
附耳星=揺れ動くと讒臣が君側に。
木星が土星を犯すと内乱。
火星が土星を犯すと戦に敗れる。*土星が総受け状態。

この時代の活動は以下。

・建平元年(前6年)劉秀が生まれた際、赤光が部屋中を照らした。欽は異とし卜者、
王長に占わせた。
王長は人払いしていった。「これは口にすることができないほどの吉兆です」

・(時期不明)気を見ることに長けた人、蘇伯阿が舂陵城を訪問したときいった。
「素晴らしい。王気に満ちること、草木がのびのびと繁茂するようだ」
遠く舎の南をながめると、火光がはっきりと天までとどき、しばらくして見えなくなった。

・始建国元年(西暦9年)長安で碧という女が道中に叫び。民を動揺させる。
「高皇帝(劉邦)は大いにお怒りだ。早くわしの国を帰せ。さもなくば、九月に汝を殺すぞ」
王莽は彼女を兵に捕らえさせ処刑。

・地皇3年(西暦22年)十一月、孛星(彗星)が張の方角に向かい、東南に五日行きて見えなくなった。
これは周と楚の地に兵乱があることを表しているのだ。

・李通の父、李守が図讖より「劉氏復起 李氏為輔(劉氏が復興し、李氏が輔佐となる)」と予言。

・劉歆は劉秀がまさに天子になるという予言を信じ、劉秀に改名

・劉楊は火徳の9代目の後に、首筋に瘤ある揚が主となるという予言を信じた。

・無上(この上もない)大将軍・張豊の場合。「肘の石には玉璽がある」
という予言を信じた。

また公孫述も同様に
『禄運法』に「昌帝を廃し、公孫を立つ」とあり、
『河図括地象』に「帝の軒猿は命を受け、公孫氏握る」とあり、
『孝経援神契』に「西の太守、卯金を乙す」とあることから、
西の太守の公孫述が卯金刀(全て合わせると劉の字になる)氏を乙し(断ち)、
皇帝になるのだ、と民草に吹聴している。

光武帝はこれを憂い、公孫述に書を送って曰く、
「図讖で、公孫と言うのは、武帝の曾孫の宣帝の事だ
(帝に着かんとした昌邑王が廃されて、宣帝が位に着いた)。

漢に代らんものは当塗高と書いてある。君は、高なのかい。(以下略)」
最後に、公孫皇帝(劉氏の子孫である皇帝)と署名。
公孫述は返答せず。

ちなみに当塗高の予言は三国時代にも登場し『春秋識』という
図讖を読んだ袁術が皇帝を称す時にも用いてます。あと魏も使用。
ちなみに直訳すると「道に当りて高きもの」

~などなど、ラノベばりの後づけ設定を次々発表。儒教、兵家につぐ時代の花形に。
結果的に、劉秀以外のは外れることになる。
外れた陰陽家たちの末路は不明。ニセ予言者として普通に抹殺されたと思える。


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            /´  | /| | イl、__ ,!`   ィ=-、ヽ/ | l i  ハ
             /イ  l ! i l! | `ー ' ,.,.,.,. r'、_,/!/ l ,イ | /l |
            /,ィ/ト-'  i ! l、'"'"'"  ""`ー' / // l/l'、レ'
           ´ i   ,.r'" _!,..!__ヽ、 ´  , イ_∨/   ヽ これが伝説の防具…
            !  / /´ ヽヽ`ヾ' <´) '´ヽ | `丶、  \
            /  | ./     \ヽ \ /   l l    ヽ  ヽ
              /    ! {     ヽ |         | |    }    \ スクール水着なの!?
          /  .::  | ',       '、| /   ヽ、 | /   /     \
            /     | ヽ,. __,.. ィ!; - - - - `|/ー-、イ  \ \  \
         /   i   |  {    l!; 1 - 1 ;    l !    ヽ  ヽ   \
        //     |   |  l       ;  り ー す ;.   | |    ',  ヾ\  `ヽ、
      / /  i  l  _,!_r‐ヘ     '- - - - - '   |ヾ、    !    | ヽ     ヽ、
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[兵家]*戦争などにおいて兵の用い方を説いた思想。

新しい兵法書は発表されなかったものの新、後漢政権で重宝。
記載があるのは、馮異が孫子に通じ。
昆陽の戦いで新軍が兵法家数百人を動員したこと。

「孫子」
・・参謀の戦術書。哲学的。食糧は現地調達(略奪OK)。
兵士に目的を教えるな、兵力の一点集中。

「呉子」
・・政治家の戦略書。実用的。食糧は持参せよ(略奪NG)。
兵士に大義名分を与える、兵力の三分割。

馮異は良いとこどりしてたように思えます。
逆に昆陽の戦いでこんなに反対方向の兵法家集めるのは
やはり無意味かと。 



..           ''';;';';;'';;;,.,   レールキャノンだ! 
             ''';;';'';';''';;'';;;,.,   
              ;;''';;';'';';';;;'';;'';;;  
             ;;'';';';;'';;';'';';';;;'';;'';;;
          vymyvwymyvymyvy、      レールキャノン!  
      ヽ(゚д゚)vヽ(゚д゚)yヽ(゚д゚)v(゚д゚)っ
 ⊂( ゚д゚ ) と( ゚д゚ ) 〃ミ ( ゚д゚ )っ ( ゚д゚ )つ
   ゝηミ ( ゚д゚ )っ ミ) ⊂( ゚д゚ ) .(彡η r レールキャノンがいい!
    しu(彡η r⊂( ゚д゚ ) .ゝ.η.ミ) i_ノ┘    
.       i_ノ┘  ヽ ηミ)しu
           (⌒) .|
            三`J


あと推測的におそらく使っていたのでは?というのを挙げていくと…。

172 :名無しのやる夫だお:2010/04/13(火) 01:30:55 ID:QNfiVAdA
漢王朝的に、張良が黄石公から譲り受けたといわれている「六韜」を
禹もマスターしてたのでは。その中に人間鑑定法というのがあって。

・質問して回答させる。
・追究して臨機応変さを見る。
・おとりに誘惑させる。
・真正面から率直に質問しその徳を見る。
・財貨を扱わせ清廉か試す。
・美女に対して貞節か試す。
・難事に勇気があるか試す。
・酒に酔わせて態度を見る。

『六韜』林富士馬・訳。中公文庫。

戦に反映されなかったのは、楚漢戦争の頃には珍しい戦法も、新末後漢初には
古臭い戦法ということになるでしょうし。

六韜による仕事仕分け

腹心(1名)……副官。
謀士(5名)……情報管理官。人事官。
天文(3名)……占星術師 。
地利(3名)……地理ガイド。地元の人間に協力を頼むことも。地図は当時貴重。

兵法(9名)……監視・監査官。
通糧(4名)……兵站官。 食料の備蓄、輸送管理。
奮威(4名)……奇襲部隊。
伏旗鼓(3名)……偵察隊。敵陣に忍び込む。

股肱(4名)……留守番隊。濠や城壁の工事を行なう。
通才(2名)……調整役、外交官。
権士(3名)……裏工作部隊。
耳目(7名)……諜報部隊。敵国に忍び込む。

爪牙(5名)……味方向け宣伝部隊。味方の強さ、有利を説く。
羽翼(4名)……敵向け宣伝部隊。敵にこちらの強さを宣伝し、士気を下げる。
遊士(8名)……耳目より突っ込んだ諜報部隊。敵国に離間を仕掛けたり、人心を惑わす。
術士(2名)……祈祷師。縁起をかつぎ味方の士気を高めたり、敵の士気を落す。基本は自作自演。

方士(3名)……衛生兵。味方の治療に当たる。
法算(2名)……会計係。




+ ;
* ☆_+
: , xヾ:、__,..-‐‐:、、,へ.........._
         く '´::::::::::::::::ヽ
          /0:::::::::::::::::::::::',   逃げて逃げて~!!!
       =  {o:::::::::(;´Д`):::}
         ':,:::::::::::つ:::::::つ
      =   ヽ、__;;;;::/
           し"~(__)


管理註釈:
あとは成立時期不明の「兵法三十六計」辺りでしょうか。
三国志演義のように「~の計じゃ!」と、言ったりはしなかったけど。
該当する計だけ抜粋。

勝戦の計

・囲魏救趙(いぎきゅうちょう)
:敵の弱い所を攻撃し、敵が兵力を分散し救援に行かざるをえないようにする事。
昆陽の戦いがまさにそれ。

・借刀殺人(しゃくとうさつじん)
:自分は直接手を下さずに、他の者を利用して敵を攻撃する。更始帝、蘇茂に使用。

・以逸待労(いいつたいろう)
:わざと防御を行い、敵を疲労させてから攻撃する事。銅馬戦や王覇が使用。

・趁火打劫(ちんかだきょう)
:敵か弱体化している時は、温情などかけずに一気に攻撃して葬ってしまう事。  
呉漢がこれを担当していた。

・声東撃西(せいとうげきせい)
:陽動作戦の事。これの名手が岑彭。耿弇も使用。
 
敵戦の計

・無中生有(むちゅうしょうゆう)
:ありもしない物で、相手の判断を狂わす事。昆陽の戦いで使用。
 
・暗渡陳倉(あんとちんそう)
:声東撃西と同じ。

・笑裏蔵刀(しょうりぞうとう)
:友好的に接し、相手が警戒を緩めたところで攻撃する事。河北行きがそれに当たる。

・順手牽羊(じゅんしゅけんよう)
:敵の隙をついて、戦果を拡大する事。要は奇襲。
 
攻戦の計

・打草驚蛇(だそうきょうだ)
:偵察の中二病ネーム。あるいは敵の反応を調べる為に実際に作戦を行う事。  

・借屍還魂(しゃくしかんこん)
:利用できる物は何でも利用する事。中二病ネーム。

・調虎離山(ちょうこりざん)
:敵が要害にいる時は、そこからおびき出して攻撃する事。挑発の中二病ネーム。
王覇が使用。  

・欲擒姑縦(よくきんこしょう)
:完全包囲してた敵は必死になって反撃してくるので、自軍の損害が大きくなる。
こういう場合は、一部逃げ道を開けておいてやると良い。孫子にも同様のがある。

・抛磚引玉(ほうせんいんぎょく)
調虎離山と同じ。

・擒賊擒王(きんぞくきんおう)
敵を壊滅させるには、敵の中枢部を壊滅させなくてはいけないという事。
劉嘉の突撃とか。

混戦の計
 
・釜底抽薪(ふていちゅうしん)
:敵が強力な時は、その根本の問題を解決しなくてはならないという事。
銅馬戦での補給攻撃とか。

・混水摸魚(こんすいぼぎょ)
:敵の内部に混乱を生じさせ、それに乗じて攻撃する事。

・金蝉脱穀(きんせんだっこく)
現在地にいるように見せかけ、敵に気づかれないように移動する事。
岑彭の誘い受けがこれに当たる。  

・関門捉賊(かんもんそくぞく)
趁火打劫と同じ。
 
・遠交近攻(えんこうきんこう)
戦線が膠着した時は、近くの敵を攻めるべきで、遠くの敵は攻めてはならない。
奉の乱の時に、彭寵を放置したこととか。

併戦の計

・仮痴不癲(かちふてん)
:馬鹿を装い相手を油断させる事。南陽時代がこれにあたる?

・上屋抽梯(じょうおくちゅうてい)
:後続部隊との連絡を絶ちきる事。味方に対しては、退却は出来ないと必死に戦わさせる。
敵に対しては、後方と分断してこれを撃滅する。背水の陣の方が有名。

・樹上開花(じゅじょうかいか)
:各種の手段を使用して、味方を大兵力に見せかける事。
臧宮が蜀での戦いで行なった。

敗戦の計

・走為上(そういじょう)
:今までの三十五計で勝利の見込みが無い場合は、退却し再起をはかる事。
これが有名な、三十六計逃げるにしかず。

他に美人計、苦肉計など三国志で御馴染みの計もありますが、
この時代に使われたのが分かるのは以上のようです。

         l/l//   ,. --- .. __         /
  な  絶       / /         `ヽ、_人/  ご  働
  い  対    //  /         \     ざ  き
  で  に    /_   .′       ヽ、\  \   る   た
  ご  働      / ,,″ / ,ィ | l ll |l l ぃ ヽ <_ ///  く
  ざ  き   ∠ 〃 -/、/ ! | l ll ll | l i   '. /      な
  る   た    ///  ,.イfr㍉i、| | ll |l |,-H‐  i        い
 ///  く   /  l i  //|/`┴1| |/|ィ乏了ト、 ///     で
. ’’’     .′ l|/,小、    _⊥ _   リ,ハ l .' /|  ∧
  /`Vヽ. /\  | | | |八   /ー--‐1`メ、厶ィi |/,.イ|  l  / ∨\
∠__  ∨  ヽ.} | | }川ヽ. ト、  ,ィ}/ //リ l/i/リ | ′
 ゝ   `V , ‐ァ .' メ、トく\/ヽヽ辷ク ,ィ'/‐-/リ,∠..._ l//
  \  // / //  丶 \\ \_/// / / /  `メ、
 ー- ヽ/   / // /〉   \ ヽ.ヽ    /{丁iヽ /  /   \       /〉
  // ー- / // /// ̄ ヾ 、 ヽ}     `l | ィ\ / /   /∧ /   //
./ /   / /ー//,′   }`ヾ i|  L___// | ,.へ,.イ/} // ,レ'  //
  /   / /  //7    /  !`ヽ、 // ,.ィ' / ト、く  /|  〈/
. /‐- / /  ///    /  /   ├く// l     l 丶>'  ノ  〇
.    / ー-///    /   ′  /  |   /     ヽ/ ̄/
        //´    /  /    '   /ー-' .. _         ̄l

            孫武。いわずと知れた孫子。 すごい。


[法家]*法律で世を治める思想。

以元元為首(庶民を最優先とする)とする劉秀の、
奴隷解放令、軍縮、官僚リストラ、屯田兵、金印外交、酷吏の機用が
目立ちすぎて他の文官たちの活躍が霞む。

       \毎度、ありがとうね
          ̄ ̄ ̄ ̄∨ ̄ ̄ ̄
 ┏━━━┓               |  はにはにおばちゃ~ん!
 ┃\*****┃         ∧_∧     \今日の放火マガジンくらちゃい
 ┗┯┯━┛       ( ´∀`)       ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 | ̄ ̄ ̄|\.        (|| 炎||つ__    ∧_,,∧ ドキドキ   
 |      |/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄./|   <`∀´*> ニダニダ 
 |. ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄| |  (o⑩o ,)
 | 紀伊ハニ屋          | |   し―-J
 |.____________|/



[縦横家]*外交戦術で国を栄える思想。

馬援、来歙が隗囂に仕掛けたくらいで特筆なし。
その手腕も従来の手段と同じ。

                      、、
                      |ヘ\.,_iヽ
                   , -ー''' ̄ _,.j:. ヽー::、_
                 ,/,      ` ´   、ヽ
                 <〃∠ニ.、        ヾ ヽ
                ノ ヾ`='´         ヽ  i,
               <ァ ;._,、ッ、             、i
                `'!^'う、)   、      ヽ   i j
              ,. ::-ー≦=^  、 `ミ、  ヽ  _  、リ
            /    T,、v'`^`'リ. i :, ヾヽ  `''ー:、ミ
           /         シノ ' :,  イ、  _、. .:└、
          ,イ,. 、  /   `'ー:、_  _,../.;--/     ヽ
        /    `v '        7^ ̄   i       .ヽ
 ,....,_  γ      i      `_ー./_     ヽ        j
.〈 __,:::...)`j,       人       ソ        ヽ       ヘ
 (_,. :: -' ivー _/'  ノ ヾ:;,...____ _,:/、        ヽ      ノj
  !、,:-‐'ソj   ヽ  /  ヾ、   ̄ i ゞ、_  __,,,...  -个i、    / i
  !、--''^´    ,/     !、  _,人   二    / i `''ー     i
   !、    /       〉, -''  )、、_   __,.イ   l、   i.    i
    ヽ、_/~         いー-''( __  T´    ,ノλ    i    l
                 j >ー-〈、..   〉、,. -'´ ノ ヘ       :l
                ,ノ ゝ、__,./ ゙̄'' ^テ   イ   :、    ,:  l


[名家]*論理学を説いた。

特筆なし。

[雑家]*他学派の思考を取り入れた辞典を作った。劉歆が無双状態。

[書簡のサイズ・仕組み]
漢代の簡牘:2尺(48.24cm)、1尺(14.12cm)、0.5尺(12.06cm)がある。
普通は一行に22~25字。一番少ないのは八字。

簡側にひもをかける刻みかあり、簡牘の装幀が可能なファイル的機能が
特徴。竹簡は編綴して使用する(長文向き)。
z-12368.jpg


木簡は単独簡として刻歯を入れたり頭を円形したり穴を開けて使う、
詔書には副本を取って控える(短文の時使用)。

皇帝直筆の詔には青紙
(古代紙の磁青紙の意。蔡倫の登場前なので量産が難しいかった)。
簡牘のときは青布の嚢に包んだ。

冊書は布類に包んで検をつけて発送。緊急時には赤白縞模様の嚢に
入れて発送。戸籍を紙に写すようになったのは東晋時代。

書翰:筆毛から手紙の意味に。
竹簡や帛書はその一篇を書き写して読んだ。宮中の蔵書は詔を受けないと
臣下は閲読できず。

本に著撰者名を付けるようになったのは魏晋以後。
自分自身で書名をつけるのは前漢武帝期に確立。


著作では少し前の世代だけど六十四章「経書」に登場した揚雄が活躍。

●「方言」
・・当時の方言をまとめた書。執筆のための調査方法として上計、孝廉、衛士のため
都に来た人に面接調査した。

●「七略(しちりゃく)」
・・劉向・劉歆父子により編纂され、その後の「漢書」「芸文志」など図書の分類や学問
カテゴリーの規範となった基礎となった最古の図書目録。
音響理論、兵法書・諸子百家・儒教の六芸の分類分けを行なっている。

●「山海経」参照サイト:怪力乱神を語ろう
・・戦国時代~漢代にかけて徐々に付加執筆されて成立した中国最古の地理書。
劉歆が編集し、漢室(前漢)に奉った際には18編あった。
その後も、様々な人物に補足が加えられ、最終的には3世紀(赤壁の戦いごろ)完成。

各地の動植物、鉱物などの産物を記しつつ。妖怪、神々の記述も含まれ、中国各地の神話が
伝えられている。

劉歆も宣帝の時代に、石と化した危(き)と貳負(じふ・共に黄帝の時代の半神。人面蛇身)
に宣帝、そして父の劉向と共に会い「七歳の童女にかわいがらせれば、元の姿に戻るでしょう」
といい蘇生させた逸話がある。



      *             ┼
        ,~-,~-,~,
 ザワザワ.   |_明日の城 |
       _|_~~~~~~~~~   ザワザワ
      _i .i-.、 
    rii | i_,! 'ー'l |,_l"'i ト,               ;; )
_  __.゙| '"         ." |__   (;;::; )        ゞ;;;;;ゞ
└┘ i.L,r-''"i ̄ ̄i~~゙"i''-.,」_.|_iーi 从_     (;; ) 丿;::.;:
┬─┬ト''l"~ ̄| ̄ ̄|~゙"''i.|..|,,__~".''''ーk,,i=i、.rii l"l,,|~炎)(;;
┴┬┴ri'"~|□ ̄| ̄~"l''ー|  |_~"'l'''' iー-i-.ニL." 从人 _从
┬回┬r''l"~ ̄| ̄ ̄|~゙"''i.|~",-、.=、~|~"'l''.ーiー-.|'"|_._|__|~i''i|   
┴┬┴ri'"~|□ ̄| ̄~"l''ー|~"|;;;|.|;;| .~"|".' ''l -i |r''i"□_| ~!|
┬┴┬r''l"~ ̄| ̄ ̄|~゙"''i.|~"|;;;|.|;;|._~'_"|"'l': ri'|i'"|_._|__||''i|       ◆
┴┬回ri'"~|□ ̄| ̄~"l''ー|~"|;;;|./。!´。! ~!"゙i r |i'"|_._|__|~'i|        ヽヽ
┬┴┬r''l"~ ̄| ̄ ̄|~゙"''i.|~"|//|/| | ~  (|i' |_._|__|~''i|         ヽヽ
┴┬┴ri'"~|□ ̄| ̄~"l''ー|  |_~"'l'''' iー-i-.ニL..|" ___ ^|            _バヨン
┬回┬r''l"~ ̄| ̄ ̄|~゙"''i.|~",-、.=、~|~"'l''ーiー-トi|'"|_._|__|~''i|            | )
┴┬┴ri'"~|□ ̄| ̄~"l''ー|~"|;;;|.|;;| .~"|"'''l -i .r''|i"□_| ~!"|             ||ヽヽ
┬┴┬r''l"~ ̄| ̄ ̄|~゙"''i.|~"|;;;|.|;;|._~'_"|"'l': ri'.|'"|_._|__|~.''|             ||
┴┬┴ri'"~|□ ̄| ̄~"l''ー|   |_~"'l'''' iー-i-.ニL.|" ___ ^.|   ワーワー      ||   
┬回┬r''l"~ ̄| ̄ ̄|~゙"''i.|~",-、.=、~|~"'l'' ーiー-ト|'"|_._|__|~''i|           ノ二\
┴┬┴ri'"~|□ ̄| ̄~"l''ー|~"|;;;|.|;;| .~"|"'''l -i . r'|i"□_| ~!"l          /ノ||\\
┬┴┬r''l"~ ̄| ̄ ̄|~゙"''i.|~"|;;;|.|;;|._~'_"|"'l': ri'"|'"|_._|__|~''i|   ワーワー //.. ||  \\
┴┬回ri'"~|□ ̄| ̄~"l''ー|~"|;;;|./。!´。! ~!"゙i .r i'|"|_._|__|~''i|------- //--(;;; :)--\\λ
┬┴┬r''l"~ ̄| ̄ ̄|~゙"''i.|~"|//|/| ---^^  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄λ // ̄ ̄    ̄ \\ ̄
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄λλ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄λλ ̄ ̄

[墨家]*博愛主義を説き。直接弱い民衆を救うため、守城戦で活躍した。

組織としては秦の天下統一と共に滅亡。
理想としては立派ですが、滅び行く勢力全てを救って行っていたら
戦乱がいつまでも終わらないというのも事実。悲しいけど。

守・攻城技術に関しては著作「墨子」によって兵家に引き継がれ、
漢代はおろか17世紀まで使われてます。その方法は。

・臨(りん)
:城と同じ高さまで、土を運んで丘を築き攻撃。敵の高所の利を潰せる。

・鉤(こう)
:縄のついた鉤(かぎ)で、城壁の兵士や兵器を引きずり下ろす攻撃法。

・衝(しょう)
:衝車という高所車によって城壁を突破する方法。高さ12m、幅6m、
長さ8m、5層式で最下層に移動担当の兵士が乗り、上4層の兵士で
戦闘するものが一般的。

防御には移動要塞の悲しさ、動きが鈍いので濠に誘導して倒した
そうです。

・梯(てい)
:梯子を使用して城壁を乗り越える方法。雲悌(うんてい)という
はしご車が使われたりもしました。

・堙(いん)
:城の濠を埋めて城壁に迫る方法。日本の徳川家康も使ってたような。
作業者が敵の的にならないよう槇壕車(てんごうしゃ)という巨大な
盾をつけた装甲車(荷車)に乗り、土のうを積んでいくという方法が
使われました。

・水(すい)
:いわゆる水攻め。城の近くに大きな川がある場合、せき止めて
洪水を作り出す攻撃法。欠点は城を水没させるため、戦利品がほぼ
台無しになること。隗囂戦で、呉漢と岑彭が使用。

・穴(けつ)
:いわゆる穴攻。城の下まで横穴を掘っていき、地下から城壁を攻撃
する方法。そこを通って兵を進入させる攻撃法は正確には「突」。
漫画「墨攻」、宮城谷先生の小説「楽毅」では穴攻で一くくりに。

・空洞(くうどう)
:城壁に穴を空けてそこから攻撃する方法。塞門刀車
(さいもんとうしゃ)という刀・槍が付いた装甲車で突っ込むと
いう方法が使われました。轒轀車(ふんおんしゃ)という特に
装備のない装甲車でも行なわれたようです…。

・蟻傅(ぎふ)
:兵が城壁に取り付いて攻撃。普通の攻めで、攻撃側に一番被害の
出る下策。

防御側は、矢を射掛ける他。熱湯、金属、火を浴びせる
という方法で防御。
他に針山のついた巨大ネズミ返し、狼牙拍(ろうがはく)を
城に設置したり、幔(まん)という巨大盾を設置する方法がある。

・軒車(けんしゃ)
:巣車(そうしゃ)というゴンドラを付けた車で城内の敵を
偵察。

     /     \   \
    / ―― \     /
  _ノ      \  _ノ
      ____
    /@ @ @ @ヽ
    /@/ ̄ ̄ ̄`ヽ@ヽ
   / /         |  |
   | /  ⌒  ⌒   | @| /ヽ
   || (●) (●)   | | /   ヽ
   /         |@| ヽ/〉 ノヽ
  /          | | //ヽノ /
 {           / /|//   `
  ヽ、       ノ / //
  ヽ``ー――‐''"ノx//x|
     ̄/○\ ̄x //x| |
   | 〈__/y/ヽ__〉x//ヽ,|x|
   .|x x // x x(⌒  /x |
   .|=====//'ー'==|
   !、###〈/###/
    ヽ、######/、
     ヽ、#、##/ヽ.ヽ、
      _|#_|_#_|   ヽ.ヽ、
     (Y^ヽ(Y^ヽ|     ヽ、ニ三


[農家]*農業技術をまとめた。

農書のうち、現存する最古のものは前漢時代に成立したらしい。
内容が詳しく分かるものが無いが、南陽で劉秀が農業を行なっていた
際、参考にしていたのではと思う。

牛耕は前漢中期から後漢に広まり、南陽の主要農業は水稲。
冬に稲、夏に麦の米麦二毛作。
水田開発には水利網の完成が不可欠。大地主(南陽の陰氏、氏など)か
官にのみ可能。投資しても陸田より多く利益あり。

・米俵はない。穀物は麻袋で運ぶ。


当時の肥料
:カイコ(娘と合体した民間伝承がある「捜神記」巻14)の糞、乾糞、混合肥料

「杵臼(きねうす)が流通(水車を利用した突く臼装置)」
作者不明。効率が10倍となり、利益は100倍となったという。
また水力が使えない場合にロバ、牛、馬を利用したり、足踏み
もできる応用型の踏碓(ふみうす)も開発された。

「天工開物」より。現代でいう打錠機の初期型。

164 :名無しのやる夫だお:2010/04/12(月) 20:22:44 ID:0wLHQIR2
漢の武帝時代に書かれた「九章算術」

・方田 - 主に田畑の(年貢のための)面積計算と分数の計算。
・粟米 - 交換比率の異なる商品を物々交換するための計算。比例算。
・衰分 - 商品とお金との分配。比例按分。利息計算。
・少広 - 面積体積から辺の長さを求める。平方根や立方根。
・商功 - 土石の量などを求める土木計算。体積。
・均輸 - 租税の計算。複雑な比例問題。
・盈不足 - 鶴亀算。復仮定法。
・方程 - ガウスの消去法による連立一次方程式の解法。また、その為の負の数とその演算規則の導入。
・句股 - 勾股定理(ピタゴラスの定理)に関する問題。測量など。

管理註釈
当時の学校で教えていた数学に、農業関連のものが多いところをみると、
かなり政府も力を入れていたのではないかと思う。

ただ、赤眉軍たちのように読み書きできない者が多かったので識学率の
格差もかなりのものであったのではないかと。


      ,.-;:;:;:;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;: ;: ;:;.、
    ,r'";:;;:;:;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;:;:;:;:;:;:l:;k;,、
   ,イ.:.:;;;;;;;;;;;;;;;;:;:;:;:;.:;:;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;i;:i;1.:.:;;:;、、
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   1;:;:;;;;;;;;;;:;:;彡′       `''ヾ;:;彡;:;:;/
    ノ;:;:;;;;;;;:;:;ィイ′.           `,ミミミr'
  ./⌒7^i;:;彡'′.: .: .          1ミミ!
 〈 ( イ i;:;,' .: .:: -=ニ三ミ;、、     j!シ
  ,> ヽト、.:::.:. : .  ーrェテr'.:;;` ,、、、,,, /'′  挿絵をラノベ風にしたら
.:.:::.:ヽ ノ .: .: `、    ``"    ノテrミ'r゙
.:.::::::::::i:::::::::::.:..::',  .  .   〈``" /
::::::::::ハ::.i:::::::: :.:.i    `,.  j!  /    再ブレイクでござる
;:;:;;;;;;i::.:`、!::::::.: .:′   `ヾ;;;:r'//
;;;;;:;:;:1:::.:.:\::::: :. :``''ー---/ /`7ヽ,,_
;;;;;;;:;;;|::::::.:.ヽ、  ー='''¨_,,ノ /;:;/::::::::::
;;;;;;;:;:;:l:::::.:.:, ィ'"´ ̄     ,/;:;/.::::::::〃
;;;;;;;;:;:;:i::.:〃/      , ィ´;:;;;/.:.:.:::::/;:;:


[小説家]*世間の出来事、説話などを書物にして残した。

民間の風俗を管理する役人の間から発生したと推察される。
知識人には蔑まれていたが、前漢、新、後漢に仕えた
桓譚は推していた。

戦乱の世の大衆の慰みになったと思うが、歴史に関わる
著作はこの時代見あたらない。


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