司法とか重箱の隅

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   r ‐、 
   | ○ |         r‐‐、
  _,;ト - イ、      ∧l☆│∧   良い子の諸君!
(⌒`    ⌒ヽ   /,、,,ト.-イ/,、 l  
 |ヽ  ~~⌒γ⌒) r'⌒ `!´ `⌒)  「虎穴に入らずんば、虎子を得ず」
│ ヽー―'^ー-' ( ⌒γ⌒~~ /| と言うが 
│  〉    |│  |`ー^ー― r' |  「君子危うきに近寄らず」
│ /───| |  |/ |  l  ト、 |  とも言う
|  irー-、 ー ,} |    /     i    昔の人も信用できないな!
| /   `X´ ヽ    /   入  |



[古代中国人がかぶる冠について]管理註釈:ヤフー知恵袋から引用。
【冕(ベン)】
◎大礼の冠
黄帝の時代に起こり、周になって制度が整いました。
明になっても受け継がれ、中国の冠のうち、一番長く使用されたのは冕だけです。

卿大夫以上の者だけが用い、身分よって白玉の数に差をつけます。
天子は12個、大夫は3個。
前が後ろよりも3cm余り低いので俛(垂れる)しているところからこの名が付きました。

漫画などでは皇帝のかぶる冠として登場してます。


           ノ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ノ  ←
          イ二二二二二∞∞∞∞ 二二二イ∵
           ∵ ::|二二二二二二二二二二|  ∵
          ∵:::|    ≫'"´  \ヽ-、〉:|   ∵
          ∵:::|/\/ ̄     --Ⅵー|
            |:::::l ::|/_ ̄`  ´ ̄ |:::|::|
            |:::::|:::斤::::卞   'T::::カ|:::|::|    ははは楽しいのう。
            |::'^|:::| ヒcソ    ヒrリ ::::i):|
            |::ゝi: i│       /:::i:::|    平和に乾杯。
            | :::::i:::::ト   -  イ:::::i::::|     
            |:::::::i:::::|::::/`L._爪::::/::::/::::|     
             | ::::::|:::::iヘ/{_}\/'7:::/、:::|     
              |:::/|:::::|/ /「ト、 Ⅵ:::i ハ::|     

【弁(ベン)】
◎常礼の冠
天子から士までみな用いることが出来ました。前後が水平であることから弁と言います。
国君と卿大夫士は、重大儀式や天地の祭祀以外はみなこれをかぶりました。
鹿の皮でつくり、瓊(瑪瑙・メノウの意)玉を並べて飾りとすることもありました。

上記の皇帝の冠から玉飾りを取ったデザインです。紛らわしい。
東周英雄伝」では「王」のかぶる冠として登場させてたのが上手い
と思いました。


【冠(カン)】
◎通常の冠
弁に次ぐ冠で、普段の時にかぶったものです。また忌慰のときには白冠をつけました。
冠をつけないのは無礼であり、また恥であると考えられました。
冠をかぶるのは士大夫以上のものであり、その身分を誇る意味で、冠は大切なものでした。

「冠の紐がほどけては士死ねない」といって冠の紐を付け直して死んだ孔子の弟子・子路の
逸話が有名です。

またあまり異常な冠をつくると身を滅ぼすといわれました。

楚の子玉は美玉で弁や纓をつくったので、城濮の戦いの敗戦責任をなすりつけられ、
子玉は自殺することになりました。

鄭の子臧は、カワセミの羽でつくった冠を愛用したため、鄭伯に憎まれ殺されました。
「服の衷ならざるは身の災いなり」ということわざにもなっています。

当然、中国は広いので他にもいろいろな冠と逸話があったようです。

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           lヽ ヽ ヽ ヽ  ヽ ヽ
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         l 9lj    ̄     i  ̄ !'
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【巾(キン)】
◎一般庶民の冠
一般市民は布を頭でまいていたと思われます。しかし祭祀の時は冠をつけたといわれています。
冠をつける習慣は、清王朝(満州族)の支配により、弁髪を強要され終焉を迎えました。


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        / !::::::,' / `ヽ、   /ヽ |:|    )
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[漢代の刑罰]ー「漢書刑法志」より

だいたい秦時代の刑罰を踏襲したものの、文帝の時代に肉刑を廃止したのが違い。
身体に損傷を加える黥(顔面に刺青)・劓(鼻削ぎ)・刖または臏(足切り)が該当。
春秋戦国から秦末にいた黥布や孫臏のような目に会った人物は確かに
見当たらないものの、宮(去勢)だけは隋代まで続きました。

ちなみに女性の場合、幽閉刑。女性器を縫い付けるなど去勢するものか、
単に牢獄に幽閉するのかは定かではないです。

刑罰は「謀反」などの大罪以外、おおむね秋冬に試行され、春夏には行われ
ませんでした。漢代以前から「順気行罰」という思想により春夏は生まれ育つ
季節であり。秋冬は殺す隠す季節であるとか。


                                         /''ー
                                        /:::::::::
、             龐涓この樹の下にて死せん              /::ヽ::::::
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:.:.:゙、      ,'::  l        ,'¨i                ィ':::::ヽ、:::::::, '
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<死刑>
夷三族・・三族皆殺しの刑。

腰斬
・・反逆罪に対して行なわれる。腰から真っ二つ、なかなか死ねないらしい。
被刑者の家族も同時に晒し首で処罰される。

棄市・・一般的な重罪人に行なわれる。晒し首。

<肉刑、肉体を欠損しないからセーフなのか?>
鞭・杖刑・・鞭打ち。棒叩き。

<労役刑>
髠刑(こんけい)
・・男性には丸坊主にされた上、首枷をつけたまま辺境城壁の修築と警備を
朝から晩まで行なわせられる。刑期は重くて五年。
女性は丸坊主、首枷まで共通なものの穀物の脱穀作業(舂)が労役になる。

完刑(かんけい)
・・坊主と首枷は免除され辺境城壁の修築と警備を朝から晩まで行なわせられる。
刑期は重くて四年。
女性も穀物の脱穀作業(舂)のみが労役になる。

鬼薪刑(きしんけい)
・・宗廟の霊を祀るために用いる薪や蒸(あさがら・落ち葉の意)を集めてくる。
刑期は、三年。
女性の場合は、純白米を選別する白粲(はくさん)刑に服役する。

徒遷刑
・・受刑地まで歩いていく刑。これで終わりではなく他の労役刑とセットで
行なわれていたと思う。

<剥奪刑>
贖刑(しょくけい)・・罰金刑。

奪爵・・罪と引き換えに爵位を奪われる事。

除名・・罪と引き換えに官位を奪われる事。

禁錮刑・・官職を剥奪して無期限に仕官を禁止する刑。


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<私刑・非公式な刑>
凌遅刑(りょうちけい)
・・小刀で細切り。孔子の弟子・子路。前漢の彭越が該当。
公式な刑になったのは五代十国時代から。

剥皮・・生皮を剥ぎ取る。前漢の景帝の時代、向川王・劉去が実行。

五馬分屍・車裂き
・・四肢と頭部に縄をかけて馬や牛が引きちぎる。
同じ四肢切断ということで、呂后が威夫人を人豚としたのもこれの応用かと。

人食
・・人食い。主に悪人が倒されるとイベント発生。獣の餌にする獣咬という
亜種もあり。ちなみにチベット系の西羌などの場合、鳥葬(天葬・空葬ともいう)
なので解釈が異なる。

剖腹・・生きたまま腹割き。宋時代に盛ん。

抽腸・・腸・心臓などモツを取り出す刑。五代時代に盛ん。

炮烙・・銅柱焼き。焼けた鉄柱を抱かされて人間バーベキュー。
殷以降は見かけない。

烹煮・・釜茹で。前漢の酈食其(れきいき)以降は 北宋時代盛んに。

沈河・・沈め殺し。春秋戦国時代の伍子胥以降は、五胡十六国時代時代に
盛んに。

烙印・・焼印を押す。

騎木驢
・・木馬の背に鉄製の棘を植えたものに乗せて串刺し。
同種として木馬刑具があり、長い張り型を据えた鞍を馬に乗せ、全裸に剥いた
女犯を座らせ引き回す。陽具は子宮から腹を突き破り、女犯は流血のなかで息絶え
たそうな……使用年代不明。

そんな長い物だと、引き回す前に挿入の時点で逝くのでは?

破身
・・処女を押さえ込み強姦、輪姦する。占領下の県の風物詩。



      ゴガギーン
             ドッカン
         m    ドッカン
  =====) ))         ☆
      ∧_∧ | |         /          / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
     (   )| |_____    ∧_∧   <  おらっ!出て来い太守
     「 ⌒ ̄ |   |    ||   (´Д` )    \___________
     |   /  ̄   |    |/    「    \
     |   | |    |    ||    ||   /\\
     |    | |    |    |  へ//|  |  | |
     |    | |    ロ|ロ   |/,へ \|  |  | |
     | ∧ | |    |    |/  \  / ( )
     | | | |〈    |    |     | |
     / / / / |  /  |    〈|     | |
    / /  / / |    |    ||      | |
   / / / / =-----=--------     | |


[名前の作法]ヤフー知恵袋より引用。
兄弟順を表す「伯、仲、叔、季」は春秋戦国から決められているらしく、
四男以降は時代によって違うようです。

「季」は末っ子、あるいは四男に使われますが、兄弟が四人以上の場合、
末っ子には「幼」という字が使われます。


[あの人の意外な一面]
<呉漢編>
406 :名無しのやる夫だお:2010/05/07(金) 22:56:51 ID:g6sZPBxg
物語の都合上、残虐超人ぶりが強調されたシャチョもたまには孫子を使った事もある。
檀郷の賊を倒したとき、十万もの投降兵を白起のように殺さなかったのは、みくる王梁への嫌がらせだったかも
知らんけど(経緯は謎だけど、首をかけても王梁さん。檀郷軍を自力で倒したかったらしい)

鬲県の五姓(*)が守長を追い出して反乱を起こした時、呉漢の配下がいつも通り「SATUGAIしようぜ」と
持ちかけたのに対し。「鬲で反したのは守長の統治不届きが罪。敢えて軽々しく兵を進める者は斬る」と推し止め。

守長を捕らえて、五姓に人を遣わして詫び、戦わずして降してる。
これを見た諸将は「戦わずして城を下す、衆の及ぶ所に非ざるなり」と感嘆した。
『後漢書』呉漢列伝

(*)五姓を日本語的に直訳すると仏の五大能力。これだと意味不明なので斉の田氏の末裔である、
第五姓(人名)氏か、五人の百姓あたりを指してると思われ。

408 :名無しのやる夫だお:2010/05/08(土) 00:31:55 ID:8EGeOiY6
>>406
>鬲県の五姓
○○の△姓ってのは要するにメジャーな豪族のこと。
『三国志』界隈では呉の四姓(張、朱、陸、顧)が有名か。


<光武帝編>
建武8年(32年)隗囂との戦い中、豫州潁川郡陝県で反乱が起き背後を突かれる
形になった時のエピソード。

県令の馮魴は殺伐に遠慮がなく恐れられていた。
賊の延褒ら三千人は県舎を攻めて包囲した。
馮魴はわずか吏士七十人で連日力戦し、弩の矢が尽きて城が陥ちるまで戦い遁走した。

光武帝が陝県の救援にたどり着くと。馮魴は恐縮して帝のもとに参上した。
光武帝は戦場を調べ、馮魴が力戦したのを知り。

「彼は健令である。気にかけずともよい」

この頃、健を勇の意味で用いることが多く、健将といえば、勇将の意味である。
すなわち、県令と健令を掛けた冗談である。
 
賊の延褒は帝が来たと聞くと、髪を斬り、鉞(まさかり)を背負って降伏し。
仲間の罪を免じるように請うた。

帝は彼らを赦し、馮魴に各集落を降伏させて県中を平定した。

詔して馮魴に延褒を引き渡して彼にのみ罪を下すように言った。
馮魴は軍法により沙汰を言い始めると延褒は叩頭していった。

「今日罪を受けて、死しても恨むところはありません」
「汝らは過ちを悔い罪に服し、一切を赦す。ゆえ、おのおの帰って
農業養蚕を行い、また県令の耳目となるよう」

みな万歳して喜んだ。
この後、盗賊があっても延褒に摘発され、県内は清く静かとなった。

刺客と説客の時同様、発音が違う気がするけど気にしてはいけない。
あとこの逸話の一方で、敵地に残った祭遵きゅんが病で死にそうになってたりします。

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... ..: .... .... .. |\/l | 無茶しやがってです… ...... ................... .. .
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...... ..: ... ≦ノ` ヽ ヘ≧ ............ ............... ............. ............. .. ........ ...
... ..: ....  ミく二二二〉ミ ... .... .. ..... .... .. ..... ............. .. . ........
      三三三三
     三三三三


<王莽編>
159 :名無しのやる夫だお:2010/04/12(月) 10:26:37 ID:Cf2Qg1J.
逸話・前漢に勤めていた頃。いつも謹厳な王莽が、たくさん女奴隷を買い込んだ。
うわさを聞いた班稚(班彪の父)が、王莽をからかった。
王莽は言い訳をした。
「自分のために買ったんじゃない!子宝に恵まれぬ朱博将軍に差し上げようと思って買ったんだ」と。

管理註釈
王莽は銭の表面の文字に金刀とあったのを二字合わせると、漢の姓である劉(りゅう)の字になり、
劉氏が再び勢力を巻き返す兆しであるとして「貨泉」と改めた。

しかし、この貨泉の文字も分解すると泉は白水、貨は眞(真)人となり、後漢の初代皇帝、
光武帝が白水郷(舂陵郷の旧名)から興る兆しとなったという故事がある。
これにより白水真人とは光武帝のことを指すようになった。
『後漢書』光武紀論

・・・白なのか、赤なのかどっちかにして欲しいデス。

管理註釈:ヤフー知恵袋から引用。

冠の下には「サク(ぬのへんに責)」という髪を包んだ頭巾をつけます。
前漢を簒奪した新の王莽は、
「王莽禿たり、サクもて屋を施す」とされています。
まあ、禿げた人間だっていますよね。


   \  /
     X    ,.-ーーー- 、
   / ∩  / /"""""""ヽ  \  /
  / ( ⊂) l   ゝ      i    X
      | |  |  |  ━  ━  /  \
     トニィ |  /   ‐   ‐
     |  i (6      \
     \  \ヽ   ,,,,, ─'
      \  ーヽ.   ̄ ̄!   
         ン ゝ ''''''/>ー、_
        / イ( /  /   \
        /  | Y  |  / 入  \
       (   | :、 |  / /  ヽ、 l
        j  | :   | / ィ    |  |
        くV ヽヘ_ ヽ  \  仁 」
         ー 〕   \  〉(⌒ノ
          /  ヽ   |
         /  / ',   |
        /  <    ',_  ヽ
        /   |    ヽ  \
       /__」      ユ   >,
      「__,h_」     <_-,ィ_/


[よくわからん装飾品]

(コツ)」
報告することを忘れないように裏にメモを書く扇型の道具。
帝王は玉、諸侯は象牙、士大夫は竹。

前漢の時代に著された『淮南子』に、周の時代、武王が殺伐とした気風を改めるため
臣下の帯剣を廃し、その代わりに笏を持たせたとあるのが起源らしい。




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